この間、カーシェアの車を借りました。
慣れないカーナビをセットして「行くべ」と出発。
そしたら、ナビの音声と表記がなんかおかしい。
「なんか、きこえずらいな、ナビの声」
そしたら、小5むすこが「おとうちゃん、次のところ右に行って次100mで左って言ってるよ。」と言う。
音声の音が小さいと思って、ボリュームを上げると「英語」で行ってる。
おいおい、どこかの異邦人が英語バージョンにしてそのままにしてしまったのか?
地図は日本語表記なのに~ 英語もなんか慣れないし、周りがうるさくて聞きにくくてよくわからんし。
とブツブツ言ってると。
また、むすこ「この信号左に行って、300mで着くって」とシレッと言ってる。
「え???あんた、翻訳してる。。。。?」
「うん、だってこの間、習ったこと言ってるよ。」
「だって、聞き取りづらくない?」
「大丈夫だよ。」
「おまえ、天才だな。」
何が天才なのかよくわかりませんが、思わず言ってしまいました。
ぼくの、聞き取りづらいのは老化のためでしょう。と言う事にしておきます。
むすこは、ナビの画面に音声と同じことばが表記されていましたが、それと地図は全く見る気がなさそうです。
音声の方はちゃんと聞けてるんですね。
しかも、掛かっていた音楽も唄いながらです。
こどもはすごいわ。
読むことと聞くことと。。。
「読むこと」「書くこと」
英語教育に限らず学校の学習って「読むこと」と「書くこと」が中心で、それを長いこと記憶出来る事が学習分野で王者になることができた時代が続いているんだと思います。
ところが、むすこはその「書くこと」はまぁまぁ出来ますが苦手なのは間違いないし、「読むこと」なんか「書くこと」以上に苦手で大嫌いです(特に本を読むこと。まんがなんか開くことすらできません)。
これまで教育で重視されていたこの2つの手段が苦手なので、インプットもアウトプットが出来ないということが起こっていました。
「聞くこと」「話すこと」
ところが、時代が変わって「聞くこと」とそれからこの間の指導要領から「話すこと」の2つの分野がガッツリ入って来ました。
「聞くこと」と「話すこと」はまぁまぁ好きなむすこは、学習に対する方法論への意識と言うのが少し変わってきたというのも何となくうなづけるのであります。
今のクラスでは、1か月に1回程度、ひとりひとり1分間スピーチ大会までやっているそうで、むすこは嫌がるどころか楽しみにしているところが、「失敗しても(満足できなくても)次がんばる」と一人反省会をしているぐらい意識が上向く授業になっているようです。
学校での英語学習
小学校で英語の単語をなんだかんだで600~700語をマスターさせるようです。
これをむすこに「書いて覚えろ!」とか「教科書を読んで覚えろ!」とか言われても、ディスレクシア少年のむすこには今のところはまず不可能なレベルです。
ここで、学校でも「聞くこと」(リスニング)や「話すこと」(スピーキング)が入って来てもらって、彼はものすごく楽になっていると思います。
それが、前述のカーナビ音声のヒアリングが出来た理由かと思います。
それに、間違いを間違いと思わず何となく聞き覚えがある風に話してしまう図々しさと併せて、何とか出来ているような感じです。
別に通じればいいじゃないですか?習いたてだから間違っても。doesをdoと言ってしまってもいいじゃないですか。後で訂正していけば。
そのうち間違ったら「恥ずかしい」と思う気持ちが出てきてしまうと思いますが、それまで間違っても大丈夫な成功体験が経験できれば良いかな?と思ったりしてしまいます。
中学生なったらどうなのかな~?
英語の文章も長くなるって言うし。。。。リスニングとスピーキングで凌ごうったってそうはいかないしなぁ。。。。
まとめ
むすこが、ナビの英語案内を翻訳をしてくれたことにビビッて思わずブログに記述してしまいました。
耳は普通であることが、わかって安心しました。
悪いところもあるけど、良いところもあると。
このバランスをどう取っていくかわかりませんが、彼なりに悪いところを補いながらやっているようです。
標識や看板を読みながら車に乗っていました。
でも、ゴルフ用品店の前に飾ってあった看板「クラブ買います。」。
前にも同じ看板で一度「クラブってなんだ?」と聞かれたのですが、また「卓球クラブのクラブかと思った」と言っていました。
興味の無いことはすぐ忘れるのです。
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