【ディスレクシア】結局本人がやる気にならないと成長ないかな?

ディスレクシア
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ぼくが、育ちざかりの乳幼児の頃にうまくごはんが食べられなかったのかわかりませんが、あまりごはんを食べなかったと親に聞いています。が、こどもの頃の事はほとんど覚えていないのでわかりません。

子育てのご経験のある方は分かると思いますが、こどもだって嫌いな食べ物もあるし、食が進む時間だっておとなが考える以上に遅いです。しかも、具合や機嫌がちょっとしたことで具合が悪かったりすると「要らない!」となってしまうことが大いにあります。

親やそのまた上の親の方は、自分の小さい頃の事なんか覚えちゃいないから、テレビドラマやらコマーシャル等の映像でご機嫌な元気なこどもがよく食べると言う、ステレオタイプ的な光景が洗脳されていて「こどもはパクパク食べるもんだ!」なんて言う事が頭にこびりついています。
「なんでごはん食べないの!」と子供に対してキレたり、悩んでしまう事が現実なんじゃないでしょうか?

おとなはやることがたくさんあるし、ごはん如きをこどもに食べさせるのに時間を掛けたくない!と思う性分の方もいらっしゃるかと思います。
そこは我慢して、こどもの顔をじーっと見て「ここはじっくり我慢してゆっくり食べさせないと」とか「あ??なんかご機嫌悪そう、何かあったかな?」と様子を伺いながら食わせることが必要なんじゃないかなとむすこが生まれた時に基本的に決めた使命が、まずそれなんであります。

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小さい頃のごはん

ぼくの親の言う事を100%信じて「あまりごはんを食べない」で育った経験からでしょうか?
ぼくは今でも痩せていて、まぁ多少は中高年だから、肉がたるんでは来てはいますが、栄養がうまく回らないせいか、どうも太れなく、大病はしませんが具合が常に良くない事ががここまで続いています。

自分が気持ちも体力も快活に過ごせた時期は中・高校生の時ぐらいかな?と記憶しています。

小中時の幼友達もよく合いますが、みんなそろって「姿形、しゃべり方も性格も全然変わらないよ」と誉め言葉なのか、成長していないことが言いたいのかわからないことを言ってくれます。

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自分のこどもはそうならないように

そんな、自分のちょくちょく具合が悪くなることをこどもへの影響を及ぼすものかと思って、育ててきたのがまずはむすこです。

ぼくは自営で仕事をして時間的に自由がききますので、むすこの保育園の送り迎え、朝・晩のごはんを食べさせていました。

特にごはんは、余程具合が悪い時以外は、じっくりじっくり、むすこの体調や許容量に合わせて時間をかけて食べさせました。
絶対にぼくのような体格や体力にならないようにと思ってです。
あと睡眠もですね。規則正しい生活をするように心掛けました。

そのせいかわかりませんが、ひょっとしたら妻の方の遺伝かもしれませんが、常に体を動かしていないと気の済まない底なしの体力と病気一つしない体を得ることが出来今に至ります。

薬もアレルギー用のものしか飲んだことがありません。

それだけに、「ディスレクシア」と「境界知能」と言う診断は、言いようのないショックを受けました。

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うちの学習障害について(改めて)

読解と境界知能

むすこの場合の「障害」(敢えてこの表現を使います)は、まずインプットされる情報を上手に分別するのが苦手な事です。

これは、読解力に影響されます。

文字を頭で「字形」、「意味」、数種類の「読み方」これを瞬時に分類するのが苦手です。

有史以来、日本人が勝手に作り上げてきた日本語とは言え、

これが苦手だと、一度二度習っただけでは、記憶なんかできるわけありません。勉強やテストが嫌いになるに決まっています。

そんな勉強嫌いが低学年の頃は、勉強している意識は全くなく、保育園の延長で学校に通っていました。
そんな子に、頭の中に習得すべきことが何にも入っていませんので「境界知能」と言う判断を受けたのでしょう。

診断の先生もそうおっしゃっていました。

掛け声だけではだめ

そんな事を知らない低学年の頃はただただ、先生や親から「がんばれがんばれ」と言われて何の補助もなく時間だけが過ぎて行く状態だったのでしょう。

普通であれば、出来る子や先生の真似をすれば要領よく字を理解したり、書いたりすることが出来るでしょう。

でも、発達的に弱いところがあるので、真似も出来ずに習った知識をこぼしたまま、学年だけは過ぎて行きました。

「がんばる」為に一息つける、具体的な補助ができるようになったのは、3年生も終わり2年前のコロナ休校の頃でした。

ここで分からなければ、むすこはそのまま力尽きて二次障害に陥っていたと思います。

水泳練習に例えて

ビート板

それから、むすこへは水泳練習を思い浮かべながら一緒にやってきました。

幸いな事に、ともだちも多いくコミュニケーションに長け、体力もあるむすこは、ある程度は自分で出来ると読み、浮いているだけで助かる「浮き輪」を渡すのでは無く、ビート板を渡して泳ぎの練習をさせるようなそんな感じで勉強に付き合いました。

但し、水泳教室で教えるような「カタチ」はもう無視して、少しずつでも良いので「持続性」を身に付けてもらえばと思いました。

ゆっくりでも良いのでじっくりやっていけば、おとなになるまでには何とかなると言う「持続性」が大事だと、それが出来てくれば、「カタチ」も「速さ」も付いてくるでしょう。

これまでのやり方は、ブログで記述してきた通りです。

もう6年生です。

しかしながら、このままではやるべき小学生の教科をマスターして中学に進むのは絶対に不可能でしょう。

もうそれはあきらめています。

それよりも、今個別指導でやっている4年生~5年生の復習を繰り返して、いつかマスターして自分のものにできればと思っています。

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まとめ

ぼくが見ている、学習障害の子はむすこたった一人です。

色々な症例・事例を見ている専門家には勝てませんが、自分なりに色々とやってきているつもりです。

それが、合わなかったものもたくさんあって、これまで本当に苦労しました。

一つ言えるのは、本人が本気でやる気を起こさないと何も成長が無いと言う事です。

正直、ディスレクシアがわかった時は、あれもこれもと手を出して、むすこを使って実験をしていたようなものでした。

現在は、落ち着いてきて、学校と個別指導での学習を中心に行っているだけです。

親が落ち着くと、不思議とむすこも落ち着いてきました。

同時に、学習でのがんばりと言うのも自分から見せてくれるようになりました。

それと、将来の事もです。

まだまだ、遊び中心ですが、遊びから学ぶ事も多くあるようです。

むすこがむすこらしく生きていけるように、今後も見守っていこうと思います。

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