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親子だけど違う人間と見た方がちょうどいい。

ディスレクシア
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小4むすこがランドセルを買った時にそのランドセル屋さんのメールを登録してあったままで、未だにメールをいただいています。もうぼくがランドセルをこどもに買う事は無いと思いますが、このメールを見る度に保育園も終わりの頃を思い出します。

当時のむすこは本当になんでも物の扱いが雑で、何でもすぐ無意識に壊していました。

ランドセルもなるべく丈夫そうなものを選びたくて、と言っても分からないので、広告文のうたい文句を信じるしかありません。

ランドセルは半端な値段ではありませんので、慎重に選びました。

「ラン活」と言う言葉があるそうですが、とある工房系のランドセル屋さんが近所の区民会館で内覧会をやると言う話を聞いたので行ってみたのですが、着いた瞬間ものすごい人と熱気、、、、人込み嫌いなむすこが嫌がり退散。今なら、「3密」なんて関係ない!って感じですね。

「ランドセルごときで、こんなに激しいのか?」と驚いたことがあります。

時代の違いを感じました。(「ランドセルごとき」とは失礼ですね。すみません。)

それで選んだランドセルは、たまたま妻の実家の帰省先近くに本店があったところで夏休みに行って買い求めたものです。東京にも店があるそうです。

コードバンとか本革製なんか重いしすぐ革をだめにしてしまいそうなので、もちろんクラリーノ。

軽くて丈夫。いまでも多少の傷ぐらいでなんとか4年目を終了しそうです。

良い買い物したと思っています。

その間、破壊した防犯ブザーは3つ。破裂した靴は数知れず。

小1のむすめは、あっさりたまたま見たイトーヨーカドーで「これがいい」と決めたものです。

コロナのせいで、むすめの時はランドセルはゴールデンウイーク過ぎに買っても間に合いましたね。

今年も「ラン活」と称したものがあるのでしょうか?感染症対策で多少は熱は収まってるのでしょうか?

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小1の頃の日記の思い出

そんな、ランドセルを背負い始めのむすこに、字の読み書きに不自由が生じているなんて、小1の頃はつゆにも思いませんでした。

小1の頃に、毎週日記を書く宿題がありました。

長い文章を字にして考えながら書くと言うのは恐らく初めての経験だったと思います。

その時の日記はもちろん字は個性的ですし、書いてある内容もよくわからない。1年生なんだから当然なのですが、たくさん詰め込み過ぎでかなりの長文。

まるで、「えーとね、えーとね」と話言葉を文章で表現をしているような感じでした。

それで、先生に「ひとつひとつの文しょうをみじかくしましょう」と書かれたりしてます。

字を書くのが嫌いなくせに、まるでそれがバレないようにやっているように見えます。

それと、来てもいないおばあちゃんのことを来ている!とか、いないはずの「おねえちゃん」「おにいちゃん」(むすこは長男です)のことを書いていたり、もうファンタジー小説のようになっています。

こんな風に書きましょうと言う、例も貼ってはありますが読むわけありません。

先生の注意コメントも達筆すぎて、まず読んだ事はないでしょう。

そんな事が積み重なって、進級は進んでいきます。

1年生の時の日記。書きたい事いっぱい。

そんなむすこ。文字に興味を持ってきた??

図書の時間何してる?

大河ドラマの予告編をむすこと一緒に見ていて、むすこが「光秀」の話しをしだしました。
※大河ドラマは見ていません。

「みつひではね、岐阜の方にいたひとで、、、、、すごく剣が強いんだよ。」

そこで、ふと思い出して「図書の時間何してる?」と聞くと、「戦国武将の本見てる」との返事。

(えー!)

その時に明智光秀の事を見たと言う。

前に一緒にゲームの「戦国無双」とか一緒にやっていた影響で馴染みがあるのだと思いますが、結構前の話し。

「他に何見てるの?」と突っ込んでみると「伊達政宗とか」。。。

きっとビジュアル図解か漫画だと思いますが、図書の時間だとは言え、それでも自ら本を広げて話をみてみようとしているのを聞くとさすがに改善が進んでようでうれしく思いました。

今までは、詩集をもたせることで精一杯。

歴史物を読んでいるなんて、漫画とは言え、良い事だと思いました。

「なんで、「答え」って「A.」って書くの?」

小学生で「答え」=「A.」って書くのを知っているだけでびっくりです。

多分、むすこの仲良しでハーフで勉強出来る子がいるのでその子に教わったのかと思いますが、度々そんなことをすぐに聞いてきます。

字幕で分からない文字、ゲームで読めない文字、ふと思い出した文字や意味。

知ったふりしないで、素直に聞いてくる。

ぼくの方も、わからなくて当然、勉強を見る時には他人の子のつもり、として客観的に見るようにしてるのが多少はよかったのだと思います。

自分が当時できたからと言ってもこどもは別

学習障害とわかってから、ぼくの方もむすこの見方がだいぶ変わりました。

(自分が得意だったことは当然わかるだろう。)

(自分が好きだったものも当然好きだろう)

そんなことはいくら自分のむすこでもあり得ない。

似てるのは福耳ぐらい・・・・?

外観に少し見られる程度です。

じゃあ、むすこが得意な体育をぼくにやってみろ!と言っても無理です。

絶対にあんな細かい動きは当時も出来ません。

自分のこどもだからこそ、あえて別の性質のものと見るぐらいがちょうど良いのかもしれません。

まとめ

外国語(英語)も授業でやっていて、あいさつの仕方や数の数え方とかをよーく教えてくれます。

それは、自分が忘れないようにしようと努力するようにです。

むすこは、今何かコツを掴んだように、自分で一生懸命取り組んでいます。

この一年本当にがんばってくれました。

まだまだ、レベル的には2年生、3年生のあたりをうろうろしている状態です。

この先、どんどん忘れて行って、それ以上進歩しないかもしれません。

漢字テストも再テストだったり合格だったり、一進一退です。

それでも、絵に見えるものを字に変換するコツがギリギリうまく行ったり行かなかったりのようです。

そんな芸当が出来るなんて、うちでは一番賢い頭の持ち主なのかもしれません。

「迷い道くねくね」ですが、彼の頭の中を混乱させないように細心の注意をしながら、見守っていこうと思います。

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