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この間、5年間乗っているむすこの自転車の後輪が「ボン」と言う音と共に破裂しパンクしました。
家から3キロ以上ある駅前での場所です。
そこから、二人で何とか近所の「あさひ」に運び持ちこんでタイヤを交換してもらいました。
あんなに分かりやすいパンクの仕方をするのがむすこらしいです。
その日のうちに直してもらって、週末のサッカー練習には間に合いました。
パンクした自転車はもうヤダと言うかなと思ったのですが、そうでもなく、
「ちゃんと直して、乗れなくなるまで乗るよ」と言うむすこ。
この自転車がお気に入りだからです。
その時、むすこの自転車をよく見てみると、良く乗ったなと思うような傷がたくさんです。
そんなことを考えていると、こどもが望むものを話し合って購入してあげたことが一番だったなと実感したと同時に、これまでのことを思い出してしまいました。
むすこの自転車
小5のむすこは、自転車が大好き。
最初の自転車
2歳のクリスマスに今は亡きぼくの父から小さい自転車を買ってもらって、それを補助輪外して4歳(年中さん)までボロボロになるまでのりました。まさに乗りつぶしたって感じ。お古を誰かにさしあげようなんてとんでもないぐらいボロボロでしたので処分しました。
2番目の自転車
次に、ちょうど年長さんの頃、ぼくの知り合いから22インチの自転車をいただきました。
いいものをいただきましたので、これで小学校ある程度かひょっとすると卒業まで乗れんじゃない?と思って無理やりそれをあてがい、「これ乗っとけ」と言っておきました。
保育園生では22インチは大きすぎでしたが、難なくこなしてそれで良いだろと勝手にぼくは思い込んでいました。
3番目の自転車(現在)
ところが、やはり、大好きな自転車です、自分で選んで自分の好きな色のものが欲しい。
小学校に上がる直前ぐらいから、近所の自転車屋さんで自分好みのスタイルと色のものを見つけてからはそれが欲しくてたまりません。
何度も何度もねだられました。
そして話し合いをして、小学校に入学してからと言う事で購入をしてあげました。
その時、ものすごく喜んだむすこ。その時の顔は忘れられません。
自分で選んで、買ってもらった自転車は、知らない人からもらった自転車に乗っていた時と違って、顔つきが変わりました。今まで以上にうれしそうに自転車をこいでいました。
1年ぐらいしたらギアチェンジも出来るようになって、ギアの大きさやペダルの重さを試していました。
そんなことで、成長を感じます。
サッカーチームの遠征にも乗っていきます。ともだちと遊びに行く時も、公園やプールの約束をしている時もファミチキを食べに行く時もいつもこの自転車です。
そして、学習障害の個別指導に行く時も片道約6キロの距離もこの自転車で走っていきます。
パンク修理が終わって戻って来てから
冒頭のパンク修理が終わってから戻ってきた自転車にまたがると「よかった~」とうれしそう。
新品の後輪を見て、触って、空気圧を確かめて、大満足です。
気に入ってるものでないと「よかった~」と言うことばは出ないでしょう。
その時、ハッとしてこの自転車を購入した当時の事を思い出しました。
そして「こどもの望むものと、親が考えているものは必ずしも一致しない」のだと。
子育ての経験と言うのは、色々なことを教えてくれます。まさに教訓。
ぼくが親から受け継いだ考え方がしょっぱいものになるということもありありですし、
歳を重ねると一層の思い込みに囚われがちです。
そんな状態であることを自覚させてくれる、そんな瞬間なのではないでしょうか?
いつもいつも、むすこ・むすめには良い経験をさせてもらっています。
お互いに成長するためには、まだまだ生き続けないといけない。
そんなこどもから教えられる、人生は続くのであります。
まとめ
自転車のパンクから色々と考えてしまいました。
これからの事も、今現在も大事だけど、過去の話しも同じように大事だと。
過去の事からの積み重ねで今、そして、将来があるんだと。
この本の事を思い出しました。
その一節です、
親は、どんなときにもベスト盤を子どものために、よかれてと思って選んでしまうものなんだな。そして、子どものほんとうに聴きたい曲にかぎってベスト盤には入っていないんだな。
「小さき者へ」重松清(新潮文庫)
家庭内・校内暴力及び不登校14歳男子の話が書いてある本です。
切ない話ですが、ご興味のある方は手に取って見てください。
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