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むすこの学校では朝読書の時間があります。そのことについて先月ディスレクシアむすこは何をしてきたのか、記述しました。
現在、むすこの小学校では「新型コロナ感染」対策で「3密」や「関節的な接触」を避ける為に、図書室の利用は来学期まで利用ができなくなっています。
それでも、週一ぐらいで「朝読書」の時間を設けるので「図書室が使えないので、好きな読む本を持たせてください」と一言ありました。
「まぢか?漫画とか地図とかじゃまずいんべ?」と聞いてこいと言うと、「だめだった~」と担任に素直に聞いてきてくれました。
漫画はだめなのです鬼ですね。ディスレクシアと知っててその対応。
じゃあ何を持っていくか?とむすこと話しをすると、
「メッシの本と、鬼滅の刃!」
「え?まんがだべ!」
むすこが気に入っている本
鬼滅の刃は言わずと知れた漫画で読み物として立派なものだとぼくは思っていますが、学校的にはだめなのですね。
まあ、明治時代頃までは「西国立志編」を翻訳した人なんかが小説を低俗扱いしていて一般的にはそんな風に思われていたこともありますので、それが今は漫画なのでしょう。文化と言うのはいつの時代もそんな風に蔑まされるものが存在していることによって成り立っているのでしょう。
直に漫画も誰もが認める読み物になっていくのも時間の問題のような気がします。
さて、「メッシの本」というのはノンフィクションサッカー少年向けの本です。信じられませんが本当の本です。
去年、読書感想文用に買ってあげたものです。
この本だけは気に入っているようで事あるごとに手にしています。
ただ、本当に読んでいるかはわかりません。
内容的には、生い立ち、試合データ、関わる他の選手が主ですが生い立ち以外は数字も多いので3,4年生ではちょっと難しいかもしれません。
むすこはサッカーが好きなので、これを持っているだけで幸せを感じるのかなと思います。
でも、何かが違う。無理をさせているような。。。。
詩集を買ってあげました
調子よく、上記の「メッシの本」を読書の時間に持っていくのは良いのですが、ただ開いているだけで読んでいないことは目に見えています。
そこで、これまでむすこが好きだと思われるものを妻が選んでくれました。
それは「詩集」です。
むすこは、字を書くのも、読むのも苦手なのですが、実はとても情感を込めて読めるものがあります。それは、「詩」や「俳句」です。
教科書の音読やすららの問題に取り上げられた場合、短い文章で先が見えるものは詰まりながらも情感を込めて読んでくれます。
更に、自分で作るのも得意で、学校で作ってきたり、家でもオリジナルの詩を読んでくれることがあります。さらに回文も作ることが得意です。
よくわかりませんが、頭の中での言葉遊びは好きなようです。
買ってあげた詩集
妻が選んでくれた谷川俊太郎の詩集です。右のピンク色のものはぼくが選びました。
ちょうど、国語の教科書や音読集に谷川俊太郎の詩がいくつか取り上げられていたので、親しみでるかな?と思って選びました。
この二つをむすこにプレゼントしたところ、最初は本なので「え?」と言う感じでしたが、中身を確認してもらったときに「朝読書の時に使って」と言うとすごく喜んでくれました。
本のプレゼントで喜ぶなんて初めてです。
きっと、「朝読書」の時間は暇で暇でしょうがなかったんだと思います。
こういうものであれば、1時間に詩を一つでも良いですし、本のどこからでも読んでもいいと思っています。また、担任の先生も極端な本を持ってこられても困ると思いますので、このような本であればお互いかっこが付くのかなあと思います。
(この2冊、すこしだけダブっている詩があったが失敗でした。)
まとめ
この2冊をとりあえず、気に入ってもらってよかったです。
ディスレクシアで詩人の方もいらっしゃいますし、むすこも詩だけは中でもうまく読めますので、これをきっかけに改善もしくは二次障害が避けられればいいなあと願っております。
追記
追記:2020年10月28日
先日いただいてきた「あゆみ」(通知表)の国語の評価で、
「思いや考えをよくつたえようとしている」ところの評価が「よくできる」となっていました。
国語の評価で「よくできる」??? うそーって感じです。
本は読めなくても、人の話を覚えていたり、このような詩程度の文章であれば自分から読もうとします。
実は、しりとり、回文等のことば遊びは小さい頃から好きな方です。
画面上や紙上の文字が書けなかったり、読めなくても、話しが通じれば何とかなるということが自然に身についているのでしょうか?
文字と音声、文字と形と絵、その組み合わせが脳の中でどうかしちゃってる。それだけなのかもしれません。
まだまだ、むすこの観察は続きます。
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