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「関わらない」事が一番難しい

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関わらないでいることや何もしない事が一番難しいと思っています。

学習障害だろうが?ただ単に学習不足なのか?

教えても教えても理解には遠そうな顔をしているし、

それとも、全部を俯瞰してしまう癖があるから全部理解しないと自分が納得しないのか?

いやいや、そうではないだろう。

そう信じてやるしかない。

むすこのどんなスポーツでも軽々習得してしまうように、学習でも淡い期待を期待するのは親として当然であります。

サッカーの技だって、出来ないと思っていたことも一生懸命練習して習得しているではないか?

学習していて、出来る問題、得意な問題、難しい問題は人それぞれあるものです。

それを、じーっと見極めて、淡々と椅子に腰かけながら教える。

それが一番難しい。

あまり、口うるさくなく言っているつもりはありません。

でも、関わりすぎないのが難しい。

かつて保育園生の頃、パパ友に「子育ては忍耐ですね」と偉そうに言ってしまった事があります。

実はそれが本音だったりする。

あれから、10年以上経ちます。

もう、癇癪をあげたり、イヤイヤしたり、理不尽な事を言う事もありません。

それでも、関わらないといけない場面が多すぎることが気になります。

知らず知らずのうちに自分と同等の事を求めようとしているだと言うのがわかります。

特性なので、それは難しいことがわかっています。それだけに厳しい。

年齢も年齢なので、精神的に、体力的に突然崩れてしまうことが多いなと思う今日この頃。

家の事も、こどもの事も、仕事の事も、なんでもかんでも降り掛かってきていることに気付いてついつい、心の中で叫んでしまうことも多いような気がします。

このまま、また脳の血管に異常が起きて倒れてしまうんじゃないかと思う事もあります。

泣き言は言ってられない。

こどもに見返りを求めるつもりは毛頭無い。

でも、こどもたちには、おとうちゃんの負担を少しでも減らしてくれるような方向に気持ちがシフトしてくれるとうれしい。

「忍耐」と言いながら「関わり過ぎた」のかなぁ。。。

自戒の気持ちも含んで記述してみました。

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